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公立塾 その2

2006年04月19日
家にある花が異様なニオイを放つのでイラ②している緋色です。こんばんは。
どうも親曰くヒヤシンスの花だそうなんですが・・・。

こんな臭かったけ・・・。

このニオイを言葉で表現するのは難しいのですが・・・え~言うなれば


大掃除した後の雑巾を水につけ引き上げて洗面台に放置し続けた臭いを
よりいっそうひどくした感じ・・・。


え~これで想像できたでしょうか?(苦笑)
ともかくひどい臭いです・・・はい。

↓本題
昨日は感情論ばかりの話でしたが、今日は冷静に話を進めてみたいと思います。

まずそもそも何故「公立塾」を導入しないといけないんでしょうか?

「経済的困難から塾に通わせられない人たちのため」となっていますが、
まず考える視点がおかしいと思います。

通塾する子供との学力の格差が出ているのは学校授業が機能していないからです。
まぁ断言ということはあんまりできませんが・・・。

今は塾に行かないと、いい学校にも行けなくなるというのが現状です。
中学入試などでは公立小学校の授業だけでは厳しいものがあります。
・・・別に私学が入試レベルをもう少し考えてくれればすむ話ですけど。
公立の学校の現状をわかっていないんだろうなぁ・・・。

余談でしかも私学の話じゃないんですが、国立(今は法人化したのかな)の京大も
公立高校のことを良くわかってないですからね。
なんか文系の受験にも数学ⅢCを強要するという暴挙に出るらしいですから。
えーウラはとっていないのでホントかどうかは確認できてませんが・・・。
どこの公立高校で文系に数ⅢCを教えてるとこがあるねんと言いたい!

まぁこれは置きっぱなしにしときましょう。


「公立塾」導入することよりもまず考えられること。

・第1・3土曜日に学校に行かせる。
・夏休みを短くする。
・(高校限定)総合的学習の時間の撤廃。


これだけで授業時間は大幅に増やせるはずです。

現に私らの小学校・中学1年までの時代は土曜日にも学校行ってましたよ。
新喜劇が見たいから急いで家に帰ってたのを今でも覚えています(笑)

夏休みは学校にクーラーを導入することによって暑い時期にも授業を行うことが
可能になりますから、夏休みを1ヶ月以下にもっていくことが出来ます。

高校限定の話ですが、総合的学習の時間は無意味です。時間の無駄と考えます。
やっていることは小学校の道徳の時間みたいことですよ。
高1・2年はほとんどそんなんばっかりでした。
何かを見ての作文・感想書かせたりすることばっかりです。・・・ムダ!
ただでさえ時間が足りないとなっているのにこんなことしてる暇無いだろうに。
現場の教師も実際何をしていいのか分からないとも言っていました。
高校にもなって別にこんなんやらんでいいやろとかね。
結局内職する時間になってるんですよ。だったら授業したほうがいい!

まぁたら②と書いてきましたけども・・・
時間を増やしたからといって学力が上がることと比例しないという反論を
する方もいらっしゃるでしょう。まぁ確かにそのとおりです。
でも、やっていれはやっているだけ頭に残るものと私は考えます。
「量より質」なのかもしれませんが、やはり量をこなさないことには意味が無い!
と私は考えます。


えーとなんかもうまとめられそうに無いのでもう結びにしたいと思います(苦笑)
まず「公立塾」作るにあたってのそもそもの根幹は

「経済的理由で塾にいけない子を助けたい」

ということなんだから、塾に行くお金を国が出してあげればいいんですよ。

別に「公立塾」なんぞ必要ない。
わざわざOBをしゃしゃり出すことはない!

これ以外にもいろいろと考えられることはあるはずです。

はっきり言いまして今回のこの案は「公立崩壊宣言」と同じことに思えます。
教育のトップ機関であるところがこんなことを言い出すなんて・・・。

昨今問題になっている格差社会・・・ここから全てがきているのでしょう。

別に格差社会を真っ向から否定はできません。メリットもあるにはありますから。

ただこの差が広がりすぎると希望も何もなくなります。
下の層からは這い上がることが出来ない社会になるんだったらこっちから
この世を捨てます。それだったら流浪にでもなります。出家でもしますよ。
別に勝ち組になりたいわけじゃなく差別されるのが嫌なんです。
村上ファンドの村上や堀江という浴びるほど金を持つ奴らが勝ち組であり
それ以外の一般市民が負け組という社会なんて御免です。
勝ち組という者だけが政治に絡むとか、金で政治を行うとかいうのと同じです。

「万人が幸福に生きられる社会」ということをもっとよく考えてほしいものです。
かといって共産、社会主義を推すものではありません。
もっと民主主義を確立していかなくてはならないと考えます。



まとまって無くてスイマセン。ここまで読んでくださった方に感謝。
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